「マイクロ法人を作って自分一人の税金は安くなったけれど、妻(夫)も巻き込んだらもっと節税できるのではないか?」
家族を持つ個人事業主なら、一度はそう考えるはずです。
日本の税制は、所得が高い人ほど税率が高くなる「超過累進課税」を採用しています。そのため、稼ぎを一人に集中させるよりも、家族に分散させた方が世帯全体の手取りは増えます。
しかし、ここで壁となるのが「社会保険」と「扶養」のルールです。
「下手に役員報酬を出したら、配偶者が扶養から外れてしまい、かえって損をした」という失敗談も少なくありません。
この記事では、配偶者をマイクロ法人の役員にするメリット・デメリットから、「扶養の範囲内」で最大限に節税する報酬設定の黄金パターン、そして勤務実態の作り方までを徹底シミュレーションします。
世帯年収を最大化させるための「家族経営戦略」を一緒に考えましょう。
1. マイクロ法人で「配偶者を役員にする」メリットとデメリット
まずは、配偶者を法人の役員(取締役など)として迎え入れることの損得を整理します。
メリット:所得分散による「税率ダウン」と「控除の二重取り」
1. 所得税・住民税の節税(所得分散)
例えば、あなたが個人事業と役員報酬で課税所得600万円(税率20%)あるとします。ここからさらに100万円稼ぐと、20万円以上が税金で持っていかれます。しかし、その100万円を所得ゼロの配偶者に「役員報酬」として渡せば、配偶者の税率は最低ランク(または非課税)で済みます。
2. 給与所得控除の活用(控除の二重取り)
給与をもらう人には、無条件で「給与所得控除(最低55万円)」という経費枠が与えられます。あなたと配偶者の2人が役員報酬をもらえば、55万円 × 2人 = 110万円分の利益を、税金をかけずに個人に移転できます。
3. 退職金の準備
小規模企業共済などの掉金を経費にしつつ、将来配偶者が退任する際に「退職金」を支給することで、大きな節税効果(退職所得控除)を得られます。
デメリット:コストと手間の増加
1. 社会保険料の負担増リスク
報酬額や働き方によっては、配偶者も社会保険(健康保険・厚生年金)への加入義務が発生します。これにより、年間数十万円のコスト増になる可能性があります(後述する「非常勤」スキームで回避可能)。
2. 登記費用がかかる
配偶者を新たに役員にするには、法務局での変更登記が必要です。登録免許税(1万円)や司法書士報酬がかかります。
3. 実態がないと「脱税」になる
名前だけの役員で、実際には何も仕事をしていない場合、税務調査で給与の経費算入を否認されるリスクがあります。
2. 配偶者役員の報酬設定パターンと社会保険への影響
ここが最も重要なポイントです。「いくら払うか」によって、手残りの金額は劇的に変わります。代表的な3つのパターンでシミュレーションしてみましょう。
パターンA:月額45,000円(非常勤役員・社保未加入)★推奨
最もおすすめなのがこのパターンです。配偶者を「非常勤役員」とし、社会保険に加入させず、扶養の範囲内で報酬を支払います。
・報酬年額:54万円(4.5万円×12ヶ月)
・税金:所得税0円、住民税0円(給与所得控附55万円以下)
・社会保険:加入なし(夫の扶養のまま、あるいは第3号被保険者)
・効果:法人の利益54万円を経費化し、まるまる配偶者の手取りにできる。
パターンB:月額88,000円未満(扶養の範囲ギリギリ)
いわゆる「103万円の壁(月額約8.5万円)」や「130万円の壁(月額約10.8万円)」を意識した設定です。
・報酬年額:約100万円
・税金:所得税はほぼ0円だが、住民税が数万円発生する可能性あり。
・社会保険:ここが鬼門です。従業員数が少ないマイクロ法人でも、「常勤」の役員であれば報酬額に関わらず社会保険加入義務があります。8万円払うなら、約2万円以上の保険料が発生するため、手取りは減ります。この金額設定にするなら、絶対に「非常勤(勤務時間や日数が少ない)」である実態が必要です。
パターンC:月額45,000円(常勤役員・社保加入)
あえて配偶者も社会保険に加入させる「ダブル加入」パターンです。夫婦ともに[[役員報酬45,000円の最適解と年金への影響シミュレーション]]を実行します。
・メリット:配偶者も「厚生年金」に加入でき、将来の年金が増える。iDeCoの枠も確保できる。
・デメリット:世帯での社会保険料負担が倍になる(月額約2.2万円×2人)。
・判断基準:現在のキャッシュフローより、将来の年金や保障を重視するならアリです。
3. 「世帯分離」の落とし穴:健康保険の扱いに要注意
マイクロ法人オーナーからよくある相談に、「自分の役員報酬も45,000円にしたら、年収が低すぎて妻(夫)を扶養に入れられなかった」というケースがあります。
「被扶養者認定」の壁
社会保険(協会けんぽ等)の扶養に入れる条件は、「被保険者(あなた)によって生計を維持されていること」です。あなたの役員報酬が月額45,000円(年収54万円)しかないと、年金事務所や健康保険組合からこう指摘されます。
「あなたの年収54万円では、奥様を養うのは不可能ですよね? だから扶養には入れられません」
こうなると、配偶者は自分で国民健康保険・国民年金を払わなければならなくなります。これでは本末転倒です。
解決策:個人事業の確定申告書を見せる
しかし、諦める必要はありません。マイクロ法人のオーナー(あなた)には、役員報酬以外に「個人事業主としての所得」があるはずです。被扶養者の認定審査において、申立書と共に「直近の確定申告書の控え」を提出し、「役員報酬は低いが、個人事業での収入が十分にあるため、生計維持は可能である」と証明すれば、問題なく扶養に入れられるケースがほとんどです(協会けんぽの場合)。
※IT健保などの組合健保の場合は審査が厳しい傾向にあるため、加入前に確認が必要です。
4. 実際に働いていなくても大丈夫?「みなし役員」の合法性
節税のために配偶者を役員にする場合、絶対に避けなければならないのが「名ばかり役員(仮装行為)」です。税務調査で「奥さんは何も仕事をしていないのに給与を払っている」と認定されると、その給与は経費として認められず(損金不算入)、重加算税の対象にもなり得ます。
「非常勤役員」として認められるための業務内容
フルタイムで働く必要はありませんが、役員としての「経営への関与」が必要です。具体的には以下のような業務を担ってもらいましょう。
1. 経理・記帳代行:領収書の整理、会計ソフトへの入力、請求書発行。
2. 銀行振込・入金管理:ネットバンキングでの支払い業務。
3. 備品管理・発注:消耗品の購入や管理。
4. 株主総会・取締役会への出席:これが最も重要です。
証拠を残すテクニック
「やっているつもり」では通用しません。客観的な証拠を残します。
・議事録への署名・捨印:定時株主総会などの議事録に、出席役員として配偶者の名前を記載し、印鑑を押す。
・業務上のやり取り:ChatworkやSlack、メールなどで業務連絡の履歴を残す。
・権限の付与:法人の銀行カードやクレジットカードを配偶者用にも発行し、実際に使ってもらう。
これらがあれば、たとえ月数時間の稼働であっても「非常勤役員としての職務を行っている」と堂々と主張できます。
5. 配偶者を役員にする際の具体的な手続き
実際に配偶者を役員にするためのステップを解説します。設立時に入れる場合と、途中から追加する場合で少し異なります。
ケース①:会社設立時に最初から役員にする
[[マイクロ法人の作り方完全解説]]のステップにおいて、定款の「設立時役員」の項目に配偶者の氏名を記載するだけです。追加費用はかかりません。最初から夫婦で役員になっておくのが最もコストパフォーマンスが良いです。
ケース②:設立後に途中から役員に追加する
既に会社がある場合、以下の手続きが必要です。
1. 株主総会の開催:臨時株主総会を開き、新たな取締役として配偶者を選任する決議を行います(マイクロ法人は株主=自分一人なので、議事録を作るだけです)。
2. 役員変更登記:法務局で変更登記申請を行います。
・登録免許税:10,000円(資本金1億円以下の場合)
・司法書士報酬:依頼する場合は2~3万円程度。自分でやるなら0円。
3. 税務署・年金事務所への届出:
・税務署:「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」の変更届(実務上は年末調整時等の報告でも可の場合あり)。
・年金事務所:配偶者が社会保険に加入する場合は「被保険者資格取得届」。加入しない(非常勤)場合は特になし。
6. まとめ:世帯構成と収入で最適解は変わる
専業主婦(夫)をマイクロ法人の役員にする戦略について解説しました。結論として、多くのマイクロ法人オーナーにとっての最適解は以下の通りです。
1. 配偶者を「非常勤役員」にする。
2. 役員報酬は「月額45,000円(年54万円)」に設定する。
3. 配偶者は社会保険に加入せず、自分の扶養に入れる(または国民年金の第3号被保険者とする)。
4. 簡単な経理や総務などの役割を与え、議事録などの証拠を残す。
このスキームを使えば、年間54万円の経費を増やしつつ、配偶者は税金・社会保険料ゼロでそのお金を受け取ることができます。世帯の手取りを確実に増やせる、非常に強力な一手です。
ただし、登記費用(途中就任の場合)や、毎月の振込・記帳の手間といったコストも発生します。「年間54万円の節税効果」と「手間の増加」を天秤にかけ、ご自身の家庭にとってプラスになるかどうか、一度シミュレーションしてみてください。
家族も巻き込んだ総力戦で、賢く資産を守っていきましょう。
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